【小澤征爾さんと、音楽について話をする/村上春樹x小澤征爾/11年11月初版】
この人の文章ってほんと美しいです。癒されるというか読んでると心が浄化されます。
枕元に「ポートレートインジャズ」と「もし僕らのことばがウイスキーであったなら」を置いて、
寝る前に少し読んで寝るようにしています。なんか疲れた頭にいいような気がするので。
村上氏は文章はリズムだと言いきります。その作家が長く続くかどうかは、文章のリズムを見ればわかる、
だけど誰もそんな評価をしないと。彼は何度かそのことを言ってるので、リズムって大事なんでしょう。
本作品は、マエストロのインタビュー集です。傑作「アンダーグラウンド」でもわかるように、
村上氏は優れたインタビュアー(聞き手)です。ジャズバーのマスター経験が生きてるのかな。
ボストン時代にマエストロの娘さんと仲良くなり、その縁でつきあうようになったそうです。
音楽以外の話をしてたようですが、興味深い話が多くこれは誰かが残すべきだと。
ぼくはそんなにクラシックに詳しくないので、本が面白く感じられるか心配してましたが、
まったくその曲を知らなくても楽しめます。読めばクラシックが無性に聞きたくなります。
それにしても、キラ星のごときスーパースター達との交遊がすごいです。
スーパースターというより、20世紀の偉人達のような人々です。
バーンスタインのアシスタント指揮者に、週100ドルの薄給で雇われるところから頭角をあらわします。
薄給のため他のアシスタントはアルバイトしますが、小澤氏は寝食を忘れて泊り込みでスコアをさらいます。
カラヤンにも師事していて直弟子扱いです。
桐朋の斉藤先生に、学生の頃から指揮者を叩き込まれたので、若いうちから相当のレベルであったようです。
グールドの家に行ったとか、パパゼルキンに信頼されピーターを頼むと言われたり、
ルービンシュタインにはうまいもの食わせてもらったとか、
アバドが小澤氏の後任でバーンスタインのアシスタント指揮者になったときに、
女性問題で巻き込まれたとか、ほんと色々あります。
クラシックの人たちは高尚なイメージが強かったのですが、彼らも生身の人間ですね。
史上初の100万ドル女優のエリザベステーラーと、膝突き合わせて音楽聴いたり、
才能があれば、交遊が広がるんだなあ。
この本、海外でも売れそうです。
名著「ホロヴィッツの夕べ」はジュリアード音楽院のデュバルが音楽的知識の深さと、
人あたりのよさ(便利屋)で、ホロヴィッツ夫妻に気に入られ、
友人として何度も自宅に招かれインタビューを重ねたものです。
一種男芸者的な対応で、夫妻に取り入った風にも感じられます。
まあホロヴィッツ夫妻に畏敬の念を抱かない人はいないとは思いますが。
それに対して本書の2人は対等です。お互いへの尊敬が感じられます。
春樹氏の深い洞察により、マエストロは初めてその音楽的な意味に気づいたりします。
春樹氏の音楽的知識の深さと、それを言葉にしてコミュニケーションできる能力から、
マエストロのほうが軽く(長嶋監督みたいなもの)感じられたりもします。
ウイーン歌劇場の音楽監督という、マーラー曰く音楽界の頂点に立ったマエストロの、
(マーラーはその職を得るために、ユダヤ教からキリスト教へ改宗します)
リラックスしたポップな回顧は、世界中の春樹ファン、音楽ファンに受け入れられる、
歴史的な1冊になると思われます。これを最初に読める日本人は幸せです。
またクラシック入門にも最適です。クラシックジャーナル編集長の中川右介や、
高嶋ちさ子のクラシック本なんかも、わかりやすい入門ガイドブックとして面白いですが、
本書も同様かそれ以上の効果があると思います。
アルゲリッチ姉さんと小澤氏のリハーサル風景です。それにしても彼女は天真爛漫です^^
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