巨魁

  • 作者: 清武 英利
  • 出版社/メーカー: ワック
  • 発売日: 2012/03/16
  • メディア: 単行本


【巨魁/清武英利/12年2月初版】

歴史は上の立場から見たものを読むべし、全体感が見える。とは誰の言葉だったか。
野球ファンには非常に面白い一冊です。新聞記者出身だけに、文章も素晴らしい。
「その人にしか書けないことを、誰にでもわかる文章で書くことが名文の極意」
井上ひさしの言葉ですけど、まさに清武氏にしか書けません。

野球史の裏側を語りつくしてます。近鉄消滅のときの11球団1リーグ構想や、
大震災のときの開幕延期問題なんかです。
古田や宮本や新井など選手会長との個別の密談なんかも書いてます。
新井との深夜の広島リーガロイヤルホテルでの交渉なんか、臨場感溢れてますよ。
L字型のソファーに二人で腰掛け、清武は新井に冷蔵庫からビールを勧める。
清武は4月12日開幕でナベツネを説得したことを伝え、新井には144試合開催を求める。

交流戦構想の舞台裏も面白いです。交流戦実施の賛否はセパ6対6だったのが、
巨人が賛成にまわり7対5で実施となりました。
交流戦とはセリーグからパリーグへの数十億円の利益移転であるとの事。
当初の36試合では、巨人戦と阪神戦が1球団あたり6試合づつ減るということになります。
清武はこの問題でセ5球団と対立しますが、パが球団合併にまで追い込まれてるのだから、
利益移転もやむなしと考えたようです。

清原、村田、小笠原、小久保、坂本・・・面白逸話はここには書ききれないので、
少しだけ。清原は清武に「試合に出してください。出られないなら僕はここから飛び降ります。
試合が生き甲斐なんです」と訴えたそうです。清武はホテルの窓が開かないことを目で確認し、
心を鬼にして「いや、若手を使って来期にかけるしかないんだよ」と。

今年から巨人にFA移籍した村田は、
清武がいる間は得点圏打率の低さから獲得しない方針だったそうです。
もちろんナベツネには1年前から資料や写真を使って説明を繰り返し、
獲得しないことに同意させてたそうです。それが誰に吹き込まれたか、
清武解任後はご存知のように巨人村田の誕生です。

清武がいる間、傍目から見ても巨人は変わりました。
4番が何人も並ぶFA選手獲得を中心としたチームから、
育成選手や生抜きを中心としたフレッシュなチームに。

なんでこんなに変わったのかなと思ってましたが、清武GMが変えてたのですね。
他球団ファンからすると、悔しいけど素晴らしいチームでした。
ナベツネの無謀な指示や思い付きにも懸命に抗い、原監督の思いつきにも毅然と対応しています。
スカウトは澤村獲得で固まってたのに、原監督は大石に変更して欲しいと直前に言ってきたそうです。
清武は数値評価を使って粘り強く原監督を説得したようです。
澤村で正解ですよね。。

ちなみに独裁者ナベツネは野球の事をほとんど知らないようです。
「いまさら誰にも聞けないんだがな。君、遊撃と二塁はどちらが一塁に近いんだ?」
数年前に聞かれたそうです。

今回の清武謀反ですが、サラリーマンには身につまされます。
「カラスは白い」には僕らも反抗しながら、やりすごしたりしたりしますが、
なにせ相手が85歳の老害で、何度説明しても忘れる。積もり積もったものがあったのでしょう。

とくに人事を決め通達後に、ひっくり返されると部下との信頼関係にひびが入ります。
清武は基本的に無私です。組織や部下を守るために戦ったというのが真相です。
私利私欲なら、イエスと言っておけばいいですからね。そんな上司はたくさんいますよね、
上が言うからしようがないって。


以下に目についた部分を


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<巨人の概要>
株式会社として見ると、営業収入が240億円前後の中小企業。社員は140人。
傘下の選手、監督、コーチを含めても約270人の集団にすぎない。
(ちなみにスカウト部は部長以下10名程度とのこと)
だから親会社の部長クラスが、出向している。



<ドラフト獲得選手の成功確率>
2000年代の6年間に日本プロ野球12球団にドラフトで入団した選手で、
成功した確率の統計をとった。成功選手の定義は1軍登録を2年以上果たしたもの。

(高校生)
投手:17%
捕手:4%
内野手:21%
外野手:14%

(大学生)
投手:41%
捕手:40%
内野手:48%
外野手:30%

(社会人)
投手:46%
捕手:23%
内野手:53%
外野手:58%



<統計野球学とBOS(ベースボールオペレーションシステム)>
この本で一番得た部分。BOSはもとはインディアンスが導入し、弱小球団が強くなった。
次にマネーボールのアスレチックスが導入しここも強くなった。
現在では、資金力に勝るヤンキースやレッドソックスも導入し先駆者のそれを上回る機能。

統計野球学(セイバーマトリクス)は、ID野球の事。今は進化していて、
打率よりも出塁率などを高評価としている。またすべての事柄を数値評価する。
数値で評価できないものをも極力数値化する。共通言語化だ。

BOSに数値データを山のように入力する。ヤンキースのWARROOMは30人ほどが入れる大会議室で、
馬鹿でかい画面があり、古今東西の選手の数値情報が一瞬にして画面に映し出される。
入力は学生アルバイト。古今東西のデータを、日夜ピーナッツ代程度で入力させているとの事。

清武がヤンキースで研修したときにも、坂本の数値データが完璧に入力されていて、
いい選手ですねとの評価だった。

日本では2005年に日ハムが1億円かけて導入。なんで日ハムが急に強くなったかこれで納得がいった。
またロッテもバレンタインが統計野球を重視し、ベンチの裏に統計アナリストを置いて、
パソコンで分析していたようだ。

統計アナリストは数字を細かく分析するプロで、ロッテのそれは野球の素人だった。
清武がこの話を巨人のコーチにすると「そんなものは自分たちの頭の中に入ってる」
と一蹴されたようだ。

統計アナリストがスコアラーと違うのは、野球の素人が多く、固定観念をもたず、
数字でのみ野球を語ること。

具体的には次のような内容。

守備時:
・無死一塁。相手チームの監督が1ストライク2ボールからエンドランをかける確率は10%。
だからウエストすると無駄球になるので外すな。
・無死三塁。この打者が初球を打ってくる確率は15%。よって初球は簡単にストライクを取りにいけ。

攻撃時:
・一死満塁。相手投手は阪神の久保田。コントロールは悪い。
代打の候補は イスンヨプと橋本将が残っていた。普通はスンヨプを出すが、
バレンタインは統計アナリストのデータをもとに四球率の高い橋本を代打に送り出した。

もちろん巨人も導入したそうですが、わが愛する球団はどうなんでしょうかね。
絶対にやりそうもないです(笑)



マイケルフランクスでベースボール。愛は野球みたいなものと歌います。
たまにこの人のボッサが聞きたくなります#59126;




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