大富豪破天荒伝説 Best100

  • 作者: 真山 知幸
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
  • 発売日: 2014/08/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


【大富豪破天荒伝説BEST100/真山知幸/14年9月初版】
「いやしくも大財産があれば、必ず大不幸がある。ひとりの富者があるためには、5百名の貧者がなくてはならない」
byアダムスミス 1776年国富論

トマ・ピケティの「21世紀の資本論」が米国で売れてます。過去300年間、資本収益率が経済成長率より大きかったというデータを根拠に、富者はますます富むと言ってる。所得配分の不平等さが世界中で問題視されています。

「世界で最も裕福な上位85人。二階建てバス1台に乗れてしまう程度の人数だ。その彼らの資産は世界人口の貧しいほうの35億人の総資産に匹敵する」 byラガルドIMF専務理事

60年代のアメリカや、バブル期までの日本のような、分厚い中間層の復活が望まれます。ほっておくと弱肉強食で富者はますます富む。規制緩和、グローバリズムを追求すると、富者の一人勝ちになる。政治的になにがしかの弱者保護が必要だと思います。

トマピケティは言います。蓄積された資産は子に相続され、労働者には分配されない。この格差を是正するために富裕税を、それも世界的に導入しなければならないと。



本書は古今東西の大富豪の破天荒な伝説を、ランキング形式で100位まで紹介しています。ランキングは金額の多寡ではなく、話のインパクトで決めている。10位から5位までを以下に。なお金額は現在の貨幣価値です。

10位:海運王オナシス



軍艦を200億円かけてクルーザーに改装。女性関係も派手で、マリアカラスとは9年間交際したり、ケネディ未亡人と再婚したりした。


9位:クロイソス王
アルテミス神殿を建てた。英語の言い回しで「as rich as Croesus」クロイソスのように金持ちだ、という表現がある。
⇒そういえばフィフティシェイズオブグレーを読んでると、この言い回しが出てきました。誰やそれ?と思ってましたが^^;


8位:ヤーコブ・フッガー
神聖ローマ帝国の皇帝カール5世。彼が皇帝選挙に勝てたのはフッガーの金銭的支援のおかげ。わいろ総額は426億円ほどで、272億円をフッガーが負担した。ルターが批判した免罪符。ローマ教会が販売を開始した理由は、サンピエトロ大聖堂の回収費用を賄うためだった。この金はフッガー家から借金したので、免罪符の収入の半分はローマ教皇へ、残り半分はフッガー家の返済に充てられた。


7位:アルフレッド・ノーベル
女に貢いだ爆薬王。読書メモにて後述。


6位:ヘンリー・フォード
T型フォードで稼いだ金で、アマゾン奥地に900億円を投じ大都市開発した。タイヤを自給自足しようと考え、近代的なゴム園を造ろうとした。


5位:豊臣秀吉
豊富な資金源は、佐渡、生野、多田などの金銀鉱山。銀山の最盛期で、日本が世界の銀の3分の1を産出していた。大阪城の工事費は天守閣で780億円。大阪城2キロ四方の工事を含めると約5兆円。


以下に読書メモを。

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<アルフレッド・ノーベル 7位>
新聞の誤報がきっかけでノーベル賞を設立した。「アルフレッド・ノーベル博士:可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺す方法を発見し、富を築いた人物が昨日死去した」これを読んでノーベルは驚いた。亡くなったのは自分の身内で、自分は生きている。また、このまま自分が死ねば「ダイナマイトを発明して多くの人命を奪った人間」」という評価で後世に名を残すという事。世間のイメージを変えたい。



1895年ノーベルは遺書を書いた。個人への遺産と税を除いた、全財産の90%以上にあたる約250億円を基金にする。その年利を賞とし、当該前年に人類に対して最も偉大な貢献をした人物に授与する。その利子は5等分し、物理学、化学、生理学医学、文学、平和貢献した人物に贈られる(経済学賞は1969年から。遺言にはない)。ノーベル賞に数学賞がないのは、ノーベルが遺言で触れてないため。ノーベルは若い時に詩作に励み、文学者の道も考えたので文学賞はある。

ノーベルは人間不信に陥っていた。特にノーベル死後に300億円も貢がせた悪女もいた。ノーベルが42歳のときに保養地で出会った20歳の花屋の娘ゾフィ。18年間も交際したが浪費癖がひどかった。その関係はゾフィが妊娠し、それがノーベル以外の男の子供であるとわかるまで続いた。

ノーベルの遺書で自分の取り分が少ないことを知って落胆したゾフィだが、彼女のほうが1枚上手だった。「ノーベルからもらった200通以上の手紙を公開する」と、ノーベル側の弁護士を脅迫、毎年約15億円の年金を約5年間、補償金と合わせると302億円をノーベルの死後に手に入れた。




<フレディ・マーキュリー43位>
ロンドンの豪邸は10億円で購入。4年間かけてリフォーム。大理石のバスルームは4つ、ベッドルームは8つ。そのうちのひとつには6人が寝られるキングサイズのベッド。天井には何百というライトが備え付けられていた。庭は日本風で一匹数十万円もする鯉を90匹も泳がせていた。日本の美術品や骨とう品を買うために来日して、6300万円の買い物をして帰国したエピソードもある。ゴヤやシャガールの美術品には5億円ほど費やした。

35歳の誕生日パーティは、パークシャーホテルのスイートルームを貸し切り、5日間の大宴会を行い、総額8000万円を費やした。41歳の誕生日はスペインのイビサ島のホテルに友人を招待しパーティを開催。ケーキの高さは6メートル、花火も打ち上げた。

「贅沢は僕の美学さ」 byフレディマーキュリー




<アンドリュー・カーネギー 15位>
50歳を超えると年収が430億円に達したカーネギー。1901年にはモルガン財閥に所有の会社を売却した。経済界から引退して、これまでの「いかに稼ぐか」という人生から、「いかに使うか」という人生にシフトした。

「金持ちのまま死ぬのは恥だ」と言ったカーネギー。カーネギー・メロン大学、カーネギーホールを建設するなど様々な分野で巨額の寄付を行った。4000以上の教会にオルガンを贈ったこともある。

なかでもカーネギーが熱心に寄付したのが図書館である。寄付した図書館は2811館。アメリカのすべての州に図書館を建てただけではなく、世界中に図書館を建てまくった。

なぜ彼はそこまで図書館にこだわったのか。それは彼の生い立ちと関係している。配達の仕事をしていた少年時代。学校教育を受けていないうえに、独学で学ぶ時間さえなかった。それでも読書する時間ぐらいはなんとかある。しかし本を買う金がなかった。

そのときアンダーソン大佐という人物が400冊の本を少年たちに開放すると発表。カーネギーはすぐさま飛びついた。カーネギーはそこでアメリカの歴史を学んだり、シェイクスピア作品を楽しんだりした。そして得ることのできなかった教育を補って余りある知識を身につけた。

「図書館こそ、わたしの大学だ」
彼の図書館への思いが凝縮されている。

富者がみんなカーネギーだったらいいのに#59041;


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